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愛 City はしま(市長のコラム)第61回

[2019年5月1日]

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愛 City はしま(市長のコラム)第61回

 5月から元号が「令和」に改まり、新たな日本の門出を迎えました。

 令和は、645年の「大化」以降、248個目の元号となります。元号は明治以降、天皇陛下の代替わりの折に改元する「一世一元」の制度に改められました。しかし、大東亜戦争後、旧皇室典範が廃止され、新たな典範には元号に関する法規定がなくなりました。元号に法的根拠のない状態が続けば、「昭和」限りで元号がなくなるとの懸念が広がり、1979年、改めて元号法が制定。戦前、天皇の勅定事項であったものを、政府に元号の決定権を移しました。

 「平成」は、昭和天皇のご逝去後、それまでに絞り込まれた新元号案から、衆参両院の正副議長、全閣僚、有識者等によって協議されて決まりました。今回の改元は、憲政史上初の天皇陛下のご退位によるものです。また、新天皇のご即位前に元号を定めて公表されたのも、今回が初めてです。

 新元号に対する決定直後の世論調査では、74%の方が「好感が持てる」と回答。新元号の出典を、我が国古典の万葉集から採用したことについては、「評価する」が85%に上りました。

 また、令和に「好感が持てる」と答えた方の理由としては「新しい時代にふさわしい」と「耳で聞いて響きが良い」が各約36%。「伝統を感じさせる」が28%の順となりました。

 明治以降の元号は、政治経済や日常生活とも結びつきが深く、各時代を色濃く反映していると感じています。「明治」は、欧米列強に並び立つ国威向上を図るため、政治制度の確立や近代産業の振興が進みました。続く「大正」は、デモクラシー運動として、政治・社会・文化の各方面における民本主義、自由主義的な思想の勃興期でした。

 「昭和」は、大東亜戦争の敗戦、焦土と化した国土からの復興、その後の驚異的な高度成長を成し遂げた時代。そして「平成」は、唯一、戦争に巻き込まれることのない時代でした。半面、東日本大震災に代表される大災害が頻回に発生し、大きな爪あとを未だに残しています。

 今、世界の情勢を眺めても、協調や共生とはほど遠い政治体制や思想が、国民の支持を集める国が増えています。いつ何時、分断・排除等を原因とした紛争が起こり、その影響が我が国に及ぶかも知れません。内政面では、持続可能な社会資本整備が、少子高齢化を主因とした財政問題により困難になってきています。

 このような状況ですが、令和の元号を国民総意で愛でながら、後ろ向きの発想ではなく、未来に向けて進歩・発展する心意気でまい進しましょう。

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