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愛 City はしま(市長のコラム) 第24回

[2015年11月1日]

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愛 City はしま(市長のコラム) 第24回

 9月末、鹿児島県に出張。いちき串木野市、霧島市、鹿児島市を訪問しました。

 いちき串木野では、同市内の「羽島」地区にお伺いし、薩摩藩英国留学記念館を見学。同地区は、東シナ海に面した古くからの港町です。

 慶応元年(1865)4月、2カ月に及ぶ羽島での準備を経た薩摩藩士19名が、イギリスに向けて出航。13歳が最年少の一行はイギリス到着後、ロンドン大学他で近代文化・技術等の習得に励みました。19名の中には、元老院議長などの要職に就き、不平等条約の撤廃に尽力した寺島宗則氏。大阪商法会議所初代会頭の五代友厚氏。初代駐米大使・文部大臣を務めた森有礼氏など、日本近代文化発展の原動力となった錚々たる方々が、名を連ねています。また、最年少の13歳で渡航した長沢鼎氏は、後年、アメリカに渡り、カリフォルニアのブドウ王と称えられました。レーガン大統領訪日の際には、カリフォルニアワイン産業確立の立役者として、長沢ワインが広く紹介されたそうです。 

 いちき串木野市は、現在もまぐろ遠洋漁業の拠点となっており、まさに外洋に羽ばたく町といえます。

 一方、私どもの「羽島市」の名称は、明治30年(1897)、当時の羽栗郡と中島郡が合併。羽栗郡の「羽」と中島郡の「島」から「羽島郡」と命名されたことに由来しています。

 地名の由来には、時代の差があります。しかし、岐阜県と長年友好関係を育んできた鹿児島県に、我が羽島市と同じ地名があることに、何かのご縁を感じます。また、宝暦治水への感謝の念から、両県の絆を結んでくださった、正木町不破一色の故不破成隆医師のご尽力にも、あらためて思いをはせたところです。

 今回の鹿児島訪問で、霧島市からは、名高い霧島ツツジとフジ公園のフジの苗木をいただくことが決まりました。また、鹿児島市では、公共交通政策に関するご指導を賜りました。三市のご高配に感謝しながら、今後ともさらなる友好を深めていく方策を、模索してまいりたいと存じます。

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