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ふるさと歴史散歩 12(最終回) 「中観音堂十一面観音像」

[2011年2月25日]

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中観音堂の十一面観音像

 1ヵ月にもわたる連雨でうんざりしていると、黒雲の中から「ヤロカヤロカ」という声が聞こえてきました。たまりかねて「よこさばよこせ」と空に向かって叫ぶと、7日7夜大雨が降り、慶安3年(1650)9月に木曽川の堤が切れ大洪水になりました。鉈(なた)ばつりという荒彫り(あらぼり)の円空仏を彫られた円空上人は、この洪水でお母さんを亡くされ、上中町のお寺で出家をされたと伝えられています。
 あるとき上人は、長良川の上流から「中村行き」と書いた大木を流され、安八郡中村の岸に流れ着きました。村人たちが川から上げようとすると縄が切れたり棒が折れて上がりません。この噂を聞いた中島郡中村(上中町中)の人たちが上げてみると、いとも簡単に上がりました。上中町の中観音堂には、上人がこの用材で彫られたという高さが2メートル20センチもある十一面観音像が安置してあります。上人は「わが母の命に代わる袈裟(けさ)なれや 法の形(みかげ)は万代(よろずよ)をへん」という歌も詠まれています。(N)

十一面観音像

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