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ふるさと歴史散歩 07 「大浦城の金矮鶏(きんちゃぼ)伝説」

[2010年9月30日]

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大浦城の金矮鶏伝説

 「国盗り物語」で知られる斎藤道三は、若いときに京都で出家して僧法蓮房(ほうれんぼう)となり、燈油(とうゆ)商人を経て、野望を抱いて美濃国にやって来ました。策謀・軍略の才覚に優れ、生涯にいくたびも姓名を改めながら出世。ついに美濃国守護土岐頼芸(ときよりよし)を追いやり、美濃押領(おうりょう)に成功して、稲葉山城主(岐阜城主)になったと伝えられています。最後は、弘治2年(1556年)4月20日に嗣子(しし)斎藤義龍(よしたつ)(頼芸の子という)と長良川を挟んで骨肉の合戦をして亡くなりました。

 この長良川の合戦が行われたとき、正木町大浦新田にあった大浦城(寺砦)でも、道三の娘濃姫(のうひめ)の夫織田信長軍と斎藤義龍軍との一戦が行われたと伝えられています。大浦城のお姫様は、落城がせまっていたとき、家宝の金矮鶏を抱いて城内の井戸へ身を投げ、その後、この城跡では毎年元旦の早朝に、金矮鶏の鳴き声が3声聞かれると伝えられてきたそうです。大浦新田には、金矮鶏神社と呼ばれている神社があります。(N)

大浦新田の金矮鶏神社

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