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ふるさと歴史散歩 02 「小熊山の埋蔵金伝説」

[2010年5月1日]

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小熊山の埋蔵金伝説

 小熊町西小熊の小熊山一乗寺は、平安初期の僧弘法大師(空海)が、18町歩(約17・9ヘクタール)の境内に七堂伽藍を建て、墨俣川(長良川)の橋の朽木で彫られた延命地蔵菩薩を安置して開基されたといいます。鎌倉幕府初代将軍源頼朝は、この地蔵菩薩に戦勝祈願をし、勝利を得ると本堂を再建しました。その後一乗寺が兵火により焼失すると、頼朝は再び一乗寺の伽藍を建立するとともに、たくさんの黄金を小熊山の松原に埋蔵。「朝日さす 夕日かがやく木のもとに こがね千両 後の世のたから」と黄金を埋めた場所を暗示した和歌を添えて寄進したといいます。

 時を経て、岐阜城主織田信長は、この地蔵菩薩を尊信し、金華山麓の慈恩寺へ移しました。ある夜、地蔵菩薩が信長の枕頭に立たれ「小熊へ帰りたい」と告げられました。信長はますます尊信し、岐阜の地を小熊と改め、地蔵菩薩にとどまってもらったといいます。現在、一乗寺には、慈覚大師(円仁)が彫った地蔵菩薩が安置されています。
※この話には異説もあります。(N)

一乗寺

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