2023年04月01日

     今日見られる雅びやかな大輪美濃菊に改良し世に出した人は、正木町の太田正吾翁といわれています。氏は、明治12年16才のとき、この地方にも名菊をつくろうと思い立ち、関東や関西の菊花大会をまわって研究を重ねました。目標としたのは、京都方面で愛好された一文字菊と在来の美濃菊とを交配させた「蓮」の花に似た新種で、92才で亡くなるまで76年間に及び品種改良に尽力し、今日の美濃菊を完成させました。

     こうして完成された美濃菊は、優雅な大輪を誇るとともに、大変珍しい丸花弁を有す ることで有名となり、遠くは東京、京都方面からも珍菊として讃えられるようになりま した。これまでに、天皇陛下や皇族をはじめ総理大臣・各大臣に献上 された名品も多数あります。

     その後、昭和27年に美濃菊の普及と継承を目的として愛好者による羽島市美濃菊保存会が組織され、昭和48年に、その清らかで優雅な姿と原産地の縁から「市の花」に制定されました。現在も、原産地である正木町を中心に市内各地で広く親しまれ栽培されています。

      【案内】令和5年10月29日羽島美濃菊展を開催しました。

    新清光殿(シンセイコウデン)の写真

    新清光殿(シンセイコウデン)

    美濃錦の赤(ミノニシキ アカ)の写真

    美濃錦の赤(ミノニシキ アカ)

    清光殿(セイコウデン)の写真

    清光殿(セイコウデン)

    美濃菊のあらましの画像その1

    美しく咲く美濃菊

    美濃菊のあらましの画像その2